p.26
子供は苦手だった。小さい子も大きい子も。私が人間を人間として見ることができるのは二十歳くらいからだろう。(略)世の女性たちはよくあんな厄介な生き物をさして迷いもせずに産むものだと思っている。
p.28
こころが弱い人間はいくらあたまが良くたってまともな人生は歩めない。
p.31
「私たちは手にした幸せより先に死ねれば、それが最高の人生なんでしょうね」
p.71
三十数年を生きて、孤独というものには慣れている。
もともと人との縁の薄い人生なのだろうと諦めている。
それでもその折々、さほど気を遣わずに話せる相手くらいいなければ心の平衡は保てないのではないか。
p.72
(略)結婚したり子供を産んだりした学生時代の友人たちとはここ数年ですっかり疎遠になった。私が浜松住まいだったのも一因だが、互いの精神的な距離が加速度的に広がってしまったのが最も大きな原因だった。(略)
いつの間にか、私は、女性と話すよりも男性と話す方が共通の基盤を感じられる人間になってしまっている。
p.75~76
「(略)この人、厚志のときも悠子のときも仕事で、一度も立ち会ってくれなかったんだよ」
「そうなんだ」
また感心したふうの声を出しながら、私は内心で思う。主婦や母親族と話すとどうしていつもこんな会話になってしまうのだろう。この手の話をもう何度聞かされたことだろう。食傷とはこういうことを指すのではないか、と。
彼女たちはお産の話をなぜこうも開けっ広げに披露できるのか?
私のような出産経験のない女からすれば、それこそ生理の話を聞かされているような違和感がある。
私は立派な動物のメスなのよ。未熟なあなたと違ってね――とお門違いな自慢をされているようで、正直なところ辟易してしまう。彼女たち自身にはそんな違和感はないのだろうか。また相手がそのように受け止めていることになぜいつも気づかないのだろうか。それが私には不思議で仕方がない。
p.83
「子供や孫に目がない連中ほど、他の生き物には冷淡だな」
p.96
「(略)たとえば私が死んでも、本部長は生前の私のことを憶えていらっしゃるでしょう。もちろん記憶は薄れ、曖昧にはなっていくでしょうし、たとえば今夜のことなんて私と二人で会ったという事実さえ記憶には残らないでしょうけど、でも、私という人間がいたことやそれに伴うある程度の私に関する情報は本部長ご自身が亡くなるまで本部長のメモリーに残ると思うんです。だとすれば、そうやって多かれ少なかれ私と関わった人が全員死んでしまわない限り、私という人間のデータは部分的にでも残存しますよね。ということは私が完全に死ぬためには私のことを知っている人が死に絶える必要がある。つまり私は、私自身と私の関係者全員が亡くなった瞬間に完全に死んでしまうんだと思います。(略)」
p.99
自分のことを最も深く理解できるのは決して自分自身とは限らない。だとすると自分という人間を最大限に把握している別の人がいて、もしもその人が消滅すれば、「自分というデータ」のまさに中枢部分が失われることになる。
それは自分自身の死よりもさらに”致命的な死”とは言えないだろうか?
p.109
「結局、人間は智恵や理性では絶対に行動しないからね。例外なく感情のままに行動する。何より大切なのは感情だ。(略)」
p.111~112
「(略)患者はわがままで自分勝手すぎる。自分では何の努力もせずに、僕たちのことを奴隷か何かのように思って『さあ、この病気を治せ』と要求ばかりだ。大した金も払ってないくせにすっかり旦那気取りだよ。そういう医者任せの医療が、人々から本当の健康を奪っている気がして仕方がない。(略)」
p.114~115
「聖子も子供たちも、別に僕なんていなくても全然大丈夫だよ」
(略)
「妻とか子供とか、持ってみるとそれほど大したものじゃないよ」
と岳志は淡々とした口調で言った。
「どんなことだってそうだけど、家族ってのも、僕に言わせれば”さほど”ってやつだね。自分から楽しもうと思わない限りどんどん醒めていくんだ。みんな怖いだけなんだよ。結婚記念日や子供たちの誕生日、家族で祝うクリスマスやお正月、盆暮れの旅行、そういうものが本当はさほど楽しくないってことに気づくのがね。この子たちだって大人になったらさほど立派な人間になるわけじゃないって認めるのがね。妻も子供も自分の人生を賭けるほどの存在じゃないっていう、そのごくごく当たり前の真実を知るのがとにかくみんな怖い。単にそれだけのことだよ」
(略)
「僕は、誰だって真実の人生を見つけることができると思ってる。真実の人生を手に入れさえすれば、こんな嘘だらけの人生ときれいさっぱり縁を切ることができるんだ」
p.124
「ヘンな人ってどんな人ですか?」
(略)
「物心ついた瞬間に自分が仲間外れだって覚った人間のことだよ。そういう人間は、人に嫌われないように必死で自分の能力を隠すし、普通の人たちに混じるために懸命の努力をつづけるんだ。(略)」
p.125~126
「何ですか、その普通の一番の素晴らしさって?」
この問に岳志はすうっと背筋を伸ばした。
「それはね、たった一人の人間と一生を共に暮らし、その人のことを生涯愛しつづけるってことだ。他の欲望は全部どこかへ捨て去って、ただそのために自らの人生を捧げるってことだ」
p.132~133
伸也さんと別れるまで子供がほしいなんて一度だって思ったことがなかった。私は伸也さんと添い遂げ、伸也さんを見送って、そして死ねばそれでいいと信じていました。私たちの間に入り込むものなんて何もいらない。そんなものは却って邪魔だと感じていたんです。
それがね、おねえさん。伸也さんと離婚したあと、私は無性に伸也さんの子供がほしくなった。もう二度とあの人とは結ばれることはないけれど、だからこそ、あんなに愛した人のよすがをこの手に残しておけばよかった。どうして産まなかったんだろうってものすごく後悔したんです。
(略)女は愛する人の子供を産むことで、その愛する人から遠ざかることができるのだと。
出産というのは、実は、夫と妻との間を引き離す、とても恐ろしい行為なのかもしれません。生まれた子供によって夫婦はより強く繋がれるように見えるけれど、本当は、その反対にもう二度と直接には繋がらなくなるのかもしれない。
p.155
「(略)運命の相手とは出会うだけじゃきっと駄目なんだよ。最も大事なことは、この人が運命の相手だと決断することだ。そう決める覚悟を持ったときに、初めてその相手は真実の運命の人になるんだと思う。たった一人、この人とだけ生涯仲むつまじく暮らしていくんだ、と決める。たった一人、この人とだけ真実の喜びを分かち合うんだ、と決める。そしてそれを万難を排してやり遂げようとする。お互いがそういう覚悟を持ちつづけている限り、人生というのは果てしなく豊かになっていくんだと僕は信じている」
p.161~162
「(略)現代人はなまじっか手軽に飛行機や船、自動車でどこへでも行ける分だけ、どうもこの世界を軽んじてしまっている。本当は我々の考えも及ばないような大きさを持っているこの世界を、ただ単純に可視的なものとして捉え直し、それで高をくくってしまっているきらいがあるね。だから、私は、若いうちからあんまりちょこちょこと世界中を歩き回らなくてもいいと思っているんだ。それよりも、ある一定の年齢に達したところで、この日本とはまったく異質な言語、文化、風土を持つどこか一カ国に長期間腰を据えて、その土地からこの世界の摩訶不思議さ、大きさ、広さを、まだ何も知らなかった子供のようにいま一度じっくりと噛みしめる。そっちの方がずっと人生の肥やしになるんじゃないかと思うね。(略)」
p.164
(略)私は孤独というものに慣れている。もともと人に恵まれることの少ない人生を宿命づけられているのだろう。孤独にうちひしがれない強い自分を与えられたことに感謝するときもあった。(略)たとえ独りきりでも私はちゃんと生きていくことができる。そういう確信がある。
p.183
人はたった一人で生まれ、たった一人で死ぬだけでなく、未来永劫にわたって孤独でありつづけるのだ。そして、孤独こそがまさしく無の正体に違いない。
p.184
「僕たちの人生は誰かを不幸にしないためにあるわけじゃないよ。愛する人を幸せにするためにあるのだし、そして、何よりも自分自身が幸福になるためにあるんだ」
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